【連載】データ×現場の課題感で進める業務DX(第1回)

現場のリアル

〜現状把握の限界と、現場の声をデータ化する新アプローチ〜

はじめに:なぜ私たちの「業務可視化」は失敗しかけたのか

多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)や業務効率化の第一歩として掲げるのが「業務時間の可視化」です。BI(ビジネスインテリジェンス)ツールを導入し、業務管理アプリやタイムトラッキングツールから抽出したデータを綺麗なグラフにまとめる。ここまでは、現代のツールを使えば決して難しいことではありません。

しかし、鳴り物入りで導入されたはずの「業務可視化ダッシュボード」が、数ヶ月も経つと誰にも見られなくなってしまうという光景を、私たちはしばしば目にします。

私たち「業務スマート化WG(ワーキンググループ)」も全く同じ壁にぶつかりました。Power Appsを活用して現場の業務実績データを蓄積し、満を持してPower BIで最初のダッシュボード(解析シート)を作成したとき、私たちは「これで業務改善が劇的に進むはずだ」と確信していました。しかし、その先に待っていたのは、データ分析の冷徹な数字と、現場の生々しい実態との間にある「深い溝」だったのです。

本連載(全2回)では、私たちが直面した「可視化の壁」の正体を明かし、単なる集計ツールから「現場の意思決定を強力に支援する『改善テーマ発掘BI』」へと進化させた軌跡を、実際のシステム設計とダッシュボード画面のデータを交えながら詳細に解説します。

第1回となる今回は、現状把握のために構築した「Page1:解析シート」の全貌と、そこから見えてきたデータ分析の限界、そしてそれを打破するために導入した「改善フラグ」という独自の思想について掘り下げます。

2. 業務スマート化WGが目指したBIの全体像

本BIツールは、日々の管理業務において蓄積された実績データを活用し、以下の「3つのステップ」を一本の導線でつなぐことを目的に作成されました。

  1. 業務の見える化(現状を正しく把握する)
  2. 改善テーマの発掘(取り組むべき優先順位を明確にする)
  3. 改善効果の定量評価(実施した際、あるいは実施した後のインパクトを測る)

私たちが目指したのは、経営層やデータアナリストだけが喜ぶような、高度で難解な統計分析ツールではありません。現場のリーダーや実務担当者が画面を一緒に見ながら、「次に私たちがメスを入れるべきは、この業務だ」とデータをもとに納得感を持って議論できる仕組みです。

「時間がかかっているから一律で削減する」という画一的なトップダウンアプローチではなく、「本当に現場が困っている領域はどこか」「どこを自動化・スリム化すれば最も現場の負担が減るか」という、現場起点・実態即応型の改善サイクルを回すためのインフラとして、このBIを設計しました。

3. Page1:業務実態把握(解析シート)の全貌

3.1 Page1の設計思想と目的

改善活動をスタートするにあたり、何よりもまず必要なのは「現状を歪みなく、正しく理解すること」です。個人の主観や「なんとなく最近忙しい」という感覚値ではなく、定量的な数字として「誰が、どんな業務に、どれくらいの時間を使っているか」を網羅的に可視化するページとして、最初のページ(解析シート)を設計しました。

3.2 画面を構成する主要なアイテムと実際のデータ

実際の「解析シート」は、主に全体の鳥瞰(マクロ視点)と、各業務へのドリルダウン(ミクロ視点)をスムーズに行えるよう、以下の要素で構成されています。ここでは、今回の分析対象期間(約1.4ヶ月分)の実績値をベースにその機能を紹介します。

  • 主要KPI(重要業績評価指標)タイル 画面最上部には、組織の稼働状態を瞬時に把握するための指標を配置しました。今回のデータでは、以下の数値が示されています。
    • 分析対象時間:637.80時間 Power Appsへ登録された業務実績データをもとに集計された、勤務時間全体ではなく「アプリに登録された純粋な業務時間」の総計です。
    • 改善対象時間:417.50時間 総時間のうち、何らかの形で改善の余地がある、または現場から指標が付与された業務に費やされている時間です。
    • 想定削減時間:83.50時間 対象業務を効率化・スマート化することで、創出できると見込まれる想定の時間です。
    • 想定削減工数:11.13 削減時間を工数換算(FTE)したもので、改善活動が組織にもたらすリターンを分かりやすく示しています。
  • 分類大項目ヒートマップ 業務の大部分がどの領域に占められているかを視覚的にタイルの大きさで表現するマップです。私たちのデータでは、「会議」と「連絡」のタイルが画面の大部分を占めており、次いで「ラベル」や「生産委託」といった物流現場特有の業務が強烈な存在感を放っていることが一目でわかります。
  • 時間が掛かっている業務 TOP10(バーチャート) 組織全体で「何に時間が集中しているか」を降順で表示するバブル・棒グラフです。
    • 1位:会議(141時間)
    • 2位:連絡(88時間)
    • 3位:実績・予算(84時間)
    • 4位:業務(76時間)
    • 5位:ラベル(74時間)
    • 6位:生産委託(72時間) これを見るだけで、「会議」と「連絡」が業務全体のツートップであり、時間消費の二大巨頭であることが即座に特定できます。
  • 多角的なフィルター機能 データを自由自在に切り分けられるよう、組織階層(部署・課・係・担当者)や期間による絞り込みスライサーを設置しました。これにより、「課全体では会議が多いが、特定の係だけで発生していないか?」といった仮説検証が可能になります。

4. 動き出して分かった「現状可視化」の限界と大きな課題

Page1(解析シート)の完成により、現場の業務構成は完璧に定量化されました。「今月は先月に比べて連絡業務が15%増えている」「特定の業務で時間の突出がある」といった、これまでベールに包まれていた現場の実態がクリアになったのです。

しかし、実際にこのページを使って「じゃあ、明日からどこの改善に取り組むか」を決めようとしたとき、私たちは大きな壁にぶつかりました。

【データ分析の罠】 「時間が多い業務 = 改善すべき業務」とは限らない。

例えば、バーチャートで圧倒的1位に君臨している「会議(141時間)」のデータを目の前にして、データだけを見た管理職は「よし、会議時間を明日から半減させよう」と息巻くかもしれません。しかし、その会議の内訳を詳しく見ると、「会議(打ち合わせ)」が42.00時間、「打ち合わせなど(その他)」が27.50時間含まれています。これらがもし「重大な物流トラブルを防ぐための関係者間のリスク管理の場」であった場合、安易に時間を削れば現場のオペレーションに致命的なミスを誘発しかねません。つまり、「必要な高負荷業務」である可能性が極めて高いのです。

逆に、ランキングでは下位に隠れている業務であっても、現場の生産性を著しく阻害しているケースがあります。例えば「ラベル作成」は61.25時間ですが、「ラベル登録依頼対応」や「ラベル貼替」といった付帯作業がパラパラと発生しています。これらは時間は短くても、「システムが度々フリーズし、手作業でのリカバリーが発生して現場の多大なストレスになっている」というケースがあるのです。

つまり、時間の多寡という単一の軸(客観データ)だけでは、現場の「本当の困りごと」や「本当にメスを入れるべき真のテーマ」を捉えきれないということが、運用の中で痛烈に分かったのです。これが、「ただ見える化しただけのBI」が社内で見捨てられていく最大の原因でした。

5. 発想の転換:客観データに「現場の主観」を掛け合わせる

この課題を打破するために、業務スマート化WGが出した結論は非常にシンプルなものでした。「データが足りないなら、現場の『感情』をデータにして取り込めばいい」という発想です。

私たちは、データソースとなっているPower Appsの業務実績入力画面に、たった一つのシンプルなインターフェースを追加しました。それが「改善フラグ」です。

5.1 改善フラグの定義と入力のルール

現場のメンバーが日々の実績(何時にどの業務をやったか)を入力する際、「この業務はもっと効率化できるはずだ」「この作業は二度手間で行ってて無駄だと思う」「システムが使いにくくてやめたい」と直感的に感じた業務に対して、自発的にチェックを入れられる「改善フラグ」という項目を設けました。

ルールは極めて緩やかに設定しました。細かい定義を決めすぎると現場が入力するのを躊躇してしまうため、「あなたが無駄、あるいは改善したいと思ったら自由にフラグを立てて良い」という運用にしたのです。

5.2 「時間×要望」という二次元アプローチの誕生

この小さなチェックボックスの実装により、私たちは他社にはない強力なデータ構造を手に入れることに成功しました。

  • 縦軸:業務時間(どれだけコストがかかっているかという「客観的データ」)
  • 横軸:改善要望件数(現場がどれだけ困っているかという「主観的データ」)

この2つの異なるベクトルを持ったデータを掛け合わせることで、ついに本BIツールの真骨頂である「Page2:改善優先度分析」への道が開かれたのです。ただ時間を集計するだけのツールから、現場の「悲鳴」を検知して優先順位を自動で弾き出すシステムへの進化です。

今回の第1回はここまでとなります。次回の第2回では、この「改善フラグ」と「業務時間」を完全に融合させた「Page2:改善優先度分析」の画面構成と、私たちが開発中に直面した「さらなる挫折と発想の転換」、そして今後のロードマップについて詳しく解説します。現場のリアルなデータが、どのようにして驚くべき「改善テーマ」を炙り出したのか、楽しみにしていてください。

続いて、「第2回:改善優先度分析の真価と、未来へつなぐ効果シミュレーション編」をお届けします。

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