こんにちは。地方の現場で、日々泥臭くDX(デジタルトランスフォーメーション)や社内システムの改修と戦っているおうちゃくテックです。
先日、メディアアーティストであり研究者でもある落合陽一氏のオンラインセミナーを受ける機会がありました。テーマは「なぜあなたの組織のデジタルトランスフォーメーション DX は未来を描けないのか、正解なき時代を生き抜く未来構想力とは」。
これがもう、脳みそが痺れるほど面白くて、めちゃくちゃ刺激的だったのです。
今回は、そのセミナーで私が「うわ、これめちゃくちゃ面白い視点だな!」と感動したポイント(感想)をシェアしつつ、「じゃあ、これを私たちのリアルな現場に置き換えてみたらどうなるのか?」という、ちょっとした考察を書いてみたいと思います。
セミナーを受けての感想:脳みそが痺れた「3つの面白い例え話」

落合さんの話が何より面白いのは、最先端のAIやDXの小難しい話を、私たちがイメージしやすいユニークなメタファー(例え話)で表現してくれるところです。特に私の心に突き刺さったのが、次の3つのキーワードでした。
① AIのアウトプットは「水道化」
まず1つ目は、AIが生成する文章や画像、プログラムのコード、あるいはExcelのデータまとめといった成果物は、これから「水道化」していく、というお話です。
品質を満たすだけなら無味乾燥なものが出てきて、しかも出力もすごく安い水道代を払っているかのように、誰でも使えるものが出てくる時代がもう来ています。蛇口をひねれば安くて綺麗な水が無限に流れ出るように、一定のクオリティを満たしたアウトプットが、ボタン一つで誰の目の前にも現れる――。この「水道化している」という前提がすごく新鮮で、かつ妙に納得感がありました。
② AIの進化は「デジタル発酵」
2つ目は、この水道水が生み出される背景を、落合さんは「デジタル発酵」と呼んでいます。
これまでは人間がロジックを考えて1行ずつコードを書いていたITの世界ですが、現代の生成AI環境下では、多量なデータが「AIという蔵」の中で勝手に混ざり合い、新しい価値を「醸し出していく」ような現象が起きています。
落合さんご自身も、プログラマーとして働く際にAIを使うことで、これまでの50倍近いスピードでコードや文章を「醸造」できるようになり、1年かかっていた開発が1週間で終わるようになったそうです。人間の手を離れて何かが作られていくこの状態は、人工物でありながら、まさに「自然の発酵」として捉える方がしっくりくるというお話で、めちゃくちゃワクワクしました。
③ 人間は「知る」から「味わう」存在へ
では、AIが勝手に「デジタル発酵」を繰り返し、最高級の「水道水」をいくらでも出してくれる世界で、私たち人間は何をすればいいのでしょうか?
ここで落合さんは、私たちの人間像を再定義します。それが「ホモ・コンビビウム(共に味わう人)」という考え方です。
これまで人間は「ホモ・サピエンス(賢く考える人)」と呼ばれてきましたが、「知識を識別し、ロジックを組み立てて考える」という機能は、もうAIの方が圧倒的に得意です。
けれど、絶望する必要はありません。元々ラテン語の「サピエンス」の語源には、「知る」と同時に「味わう」という意味もあったそうです。
「考える・識別する」という知性の役割はAIに任せて、AIが発酵させて出してきたアウトプットを、人間同士がどう選び、どう評価して、自分たちの現場で「どう共に味わうか」。その関係性を設計することこそが、これからの人間の本質になるというのです。この視点、最高にロマンがあって面白いなと感じました。
自分たちの現場に置き換えて考えてみる(リアルな落差の考察)

……と、ここまでは未来構想力にあふれた素晴らしいお話です。 ですが、セミナーが終わって我に返り、自分の会社の現場に目を向けた瞬間、私は強烈な「現実の落差」に引き戻されました。
最先端の議論では「デジタル発酵をどうみんなで味わうか」がテーマになっているのに、現実の私たちのオフィスではいまだに、 「AIって、勝手に学習して全自動で『答え』を出してくれないの?」 という受け身の意見や、ひどい時には 「AIって、要するにちょっと便利な『検索ツール』でしょ?」 という認識で止まっているのが実情だからです。
彼らにとってAIは、「全自動で正解をくれる魔法の箱」か、もしくはググる手間の代わりに答えを教えてくれるだけの「ただの検索エンジン」の二択。そもそも「AIという新しい道具を、どう自分たちの仕事や生活に組み込んで工夫していくか」という、主体的な発想自体が圧倒的に乏しい(少ない)のが現実でした。
なぜ、うちのDXは頭打ちになるのか?
落合さんのセミナーの中で、思わず耳が痛くなった指摘があります。それは、「失敗するDXの共通点は、人間像(使う側のマインドや関係性)の考慮が不足していること」という言葉でした。
データを可視化する、AIツールを入れてドキュメント作成の時間を減らす、議事録を自動化する――これらはどれも便利ですが、落合さんに言わせれば「個人補助のAI」のレベル、つまり単なる「効率化DX」で止まっています。
どれだけ最先端のAIツールを社内に導入しても、使う側の人間が「答え待ち」や「単なる検索ツール扱い」のマインドのままでは、AIがどれだけ早く、安く、正確にアウトプットを出してくれても、組織としての本当の転換は起きません。途中で判断を下す人間の古い関係性がボトルネックになって、結局は「ちょっと作業が楽になったね」という小粒な成果で頭打ちになってしまうのです。
現場エンジニアとして、明日からどう置き換えるか?
じゃあ、この面白いセミナーの知見を、私たちの現場にどう置き換えて実践していけばいいのでしょうか。
落合さんの言う通り、AIの出力(水道水)そのものに差がつかない時代だからこそ、私たちエンジニアが次に考えるべきは、ただシステムを組むだけではなく、そのシステムを使って現場の人間がどう主体的に動くかという「関与の設計(参加の設計)」なのだと思います。
例えば、明日からこんな風にアプローチを変えてみたらどうでしょうか。
- 「答え待ち」を崩す、クリエイティブな仕組み作り
AIに丸投げして答えを待つのではなく、AIがデジタル発酵によって吐き出したプロトタイプ(叩き台)をベースに、現場のメンバーが集まって「これ、業務のここに取り入れたらどうだ?」「ここはあの部署に合わせて変えよう」と、自発的にコラボレーションし、自社流の付加価値を乗せるための意思決定の場を、業務フローの中に運用の工夫として組み込んでいくこと。 - 「作業時間を削る」から「関係性を深める」へ
単に効率化の数字だけを追うのではなく、システムを通じてチームメンバー同士やお客様との間で「どれだけ良い信頼関係が築けたか」という、落合さんの言う「関係資本」を高めるための場作りにコミットすること。
テクノロジーを使って、組織のカルチャーや人間関係を「みんなで共に味わう形」へと緩やかにアップデートしていくことこそが、本当に未来を描けるDXなのだと、今回のセミナーを通じて深く考えさせられました。
まとめ

落合陽一氏の壮大な未来論は、一見すると私たちの退屈なオフィスワークとは無縁の話に見えるかもしれません。
でも、どれだけAIが進化しても、最後にその水道水を組み上げ、独自の味付けをして、目の前のお客様や仲間のために差し出すのは、いつだって現場にいる「人間」の役割です。
綺麗事ばかりの専門書には載っていない「リアルな現場のギャップ」と向き合いながら、少しずつみんなのマインドを楽しい方向へ変えていく。そんな泥臭い「置き換え」のプロセスこそが、現場DXの本当の醍醐味なのかもしれません。
みなさんの職場では、AIをどんな風に「味わって」いますか?まずは目の前の小さな「関与の設計」から、私も一歩ずつ試していこうと思います。


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